意味の死:「常識」のはかなさ


 西暦7000年の人々は「宇宙戦艦ヤマト」のセル画を発掘して、それを何に使う道具だと解釈
するだろうか。



 自閉症に興味があるのなら、土偶を見て回るといい。
 これらの記号は何だろう。あなたには理解できない。偉い学者にも分からない。だが、うずま
きの形は認識できる。自閉症は、そんなようなものかもしれない。

 土偶の意味については諸説ある。しかしどの説が本当かは分からないし、本当の正解は、そ
れらの説のいずれでもないかもしれない。現代日本語には、ないことばかもしれない。
 失われてしまった単語。失われてしまった概念。古代ギリシャの詩で太陽の妖精を「アルグロ
トクソス」と呼ぶ。「銀・弓」という響き。これは理解できる。細くあいたカーテンの隙間から差し
込むまばゆい一条の日差し。
 だが太陽が「スミンテウス」とは、なんだろう。ある時代の人々にとって、太陽が「スミンテウ
ス」であることは明白だったのかもしれないが、われわれにとって「スミンテウス」は意味のない
文字列にすぎない。

 核心は「土偶の真意は何か」では、ない。むしろそれは、どうでもいい。
 重要なのは、当時の人々にとって答は明白であったであろうこと、そして、今それが「分から
ない」ということだ。当たり前だったことが分からなくなってしまった。重要なのは、そこだ。

 西暦2000年の文化もやがてそうなるだろう。土偶は妊婦、♀のヒトを表現したものが多いとい
う。当時の人々にとって、それは明白に重要な問題だったのだろうが、その重要問題は我々に
は明白ではない。あれこれ推測することはできるが、明らかにこうだと断言はできない。あいま
いなのだ。
 そのように、あなたがた西暦2000年代の人々が、例えば「オトコ」「オンナ」という概念を明白
なものだと思っているとしても、西暦7000年の辞書には、それに相当する概念は、ないかもし
れない。「そんなばかな」ある人々は叫ぶだろう。「オトコとオンナは明白で基本的な区別ではな
いか」と。
 では尋ねよう。なぜほとんどの土偶は破壊されて出土するのだろう。あなたは、くちごもる。土
偶を作った人々、そしてそれを破壊した人々にとっては、すべては明白で基本的な常識だった
としても、それは、わたしたちには理解できない概念かもしれない。

 これは不可知論のすすめでは、ない。文化的コーディングを「外から」見ることについて、話し
たかったのだ。


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