不歸 / 詩


不歸

この白い小部屋で
もし君が眠るなら
決して帰ってこられない―― 

この眠りは全身を麻痺(まひ)させ
底知れぬ幻覚でたましいを覆(おお)うから。 

この白い小部屋で
君が目を閉じるなら
決して帰ってこられない――
リンゴが重みを持ち、本物の星がまたたく世界へは。 

たとえ果実に毒がぬられ、
同じ星の住民が殺戮(さつりく)の流星雨を降りしきらせようと
君には何の重みも感じられなくなるだろう。 

もしわたしが眼をぎらつかせ絶叫したなら――
爪を引き抜かれる拷問(ごうもん)の痛みにたえたなら――
あらゆる摩擦(まさつ)、嘲笑(ちょうしょう)、皮相(ひそう)の観点にたえたなら――
このふるえるたましいが、
もういちど、リアルに生きることができるだろうか? 

多くの友も、この鈍い眠りに落ち、
消えていってしまった……喜びをともにした親友、
悲しみをわかちあったこころの友さえも。 

ああ決して、決して帰ってこられない
もし君が眠るなら――
この白い小部屋で。
もし君が君自身のために
なりふりかまわず 激しく 誘惑をふりきって
全力で抗(あらが)わないなら―― 

土のにおいのする世界、本物の風を肌に感じる世界、
わたしたちがもういちど生きるための世界へは。 


画像「アヴァロン」より




やさしいうたが訪れたとき、
ぼくはつばを吐きかけた。
うたが去ろうとしたときに、
ぼくはすがりついて言った、
「待って! きみは、うつくしい」 

うたがためらっているのをみて、
ぼくは言った、「いやなら行ってしまえ」
小さな声で、傲慢に。 

「友よ、ぼくにかまうことはないよ」
少し誠実に言い直す。
ほかに道はない。 

立ち去ってほしい、と、うたに頼んだ。
いまこのうたを手放せば、
もう二度と帰ってこないと知りながら…… 

いや、正直に言えば、
ぼくがいつもえんえんと
言葉をつむいでいたのは、
さもないと、また来てしまうからだった…… 

いま、うたはぼくを訪れない、
この牢獄で一晩中起きて待っていても。
ああ、親愛なるみなさん、
ぼくはもう若くない、
妥協だってできる年齢だ。
それでも、ほかに道はない。
ぼくはささやく、
「うたよ、ぼくにかまわないでくれ」 


あとがき

キムジハ(金地下、金芝河、Kim Chiha)の 「不帰」を、べつな方向で再マップしてみました(不帰〜「未帰還者」)。
2個めは同じキムジハの「詩」という詩です。
 仮想の世界はいけないものでリアルの世界だけが真実だとか、その逆だとか、2世界は両立するとかしないとか、
そういう主張をする意味でなく、これはこれとして、このまま、並べてみたのです。


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