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ファンサブとは
アニメの国、日本。……今や世界のいろいろな地域にアニメファンがいるが、すべてのアニメ
がその人々の望む言語で手に入るわけじゃない。
すべての映画に日本語字幕版があるわけじゃないのとおんなじだ。アニメは海外アニオタに
とっては「神の言語」ともいうべき日本語がオリジナルなのだ。(この記事をすらすら読めるみな さんは、神だ……)
まだ吹き替えも字幕版もない新作アニメ。日本国内ですらDVDどころかVHSさえ完結せず、
永遠に字幕版など出そうにない旧作名作。あるいは第一シーズンだけ海外でも発売されて根 強いファンがありながら第二シーズンは日本国内のみで放置されているシリーズ……。
もっと字幕を……と望むコアでディープなマニアは決してひとりやふたりじゃないのだ、が、商
業ベースで翻訳版が出せるほどにはメジャーでもないらしい。
アニオタの強引さは日本国内にとどまらない。字幕版がなければ作ればいい。吹き替えの声
優だせぇ、翻訳も間違いだらけじゃないか、自分で作るぜ。
……というマニアックな外国人たちのサークル活動が fan による subtitling 通称 fansub
だ。 (ちなみに漫画のファンサブはスキャンレート scanlate, scanlation ともいう。)
日本のアニメに対して、英語のほか韓国語、フランス語、スペイン語などのファンサブ・サー
クルが100単位で存在する。
ファンサブは(日本の「同人」のように)けっこうポピュラーな活動なのだ。ただしフランス語の
場合、日本語から直接翻訳しているサークルは2、3で、英語版から二重の翻訳をしていること が多い。英語版でも韓国語版から二重の翻訳をしているところもある。
品質はさまざま
日本語を直接100%理解でき、新作アニメのなかの古典アニメからのパロディーやら、最近の
日本の時事ねたを知らないと意味が分からないネタまでフォローできるような翻訳者というの は、非常に少ない。
相当な日本語力を持っている翻訳者でもネイティブから見たらひとめで誤訳と分かるようなこ
とを、けっこうやらかしている。実例をあげよう。 ![]()
フルメタルパニック最終回より。かなめが釣りをしていると大きなアタリがあって「で、でかい!
鯛か?!」と叫ぶ場面だが、翻訳者は「これはまさか Taika でしょうか?」と訳している。
タイカという名前の魚だと勘違いしている。そんな魚はいないぞ。だれにでも間違いはあるこ
とでそれはまぁいいのだが、不可解なのは、妙な訳注を上につけて「タイカとは日本で一般的 な魚の一種であり、文字通りの意味は“大魚”である」などと断言しているところだ。
どうやらだれか日本語圏の人に尋ねて「鯛か、というのは、まあ大物というような意味ですよ」
という答を得たものの、少し何か勘違いがあったようだ。
これでも名の知れたサークルが作ったものだし、これがとくにひどいというわけでなく、まぁ一
例だ。比較のためにまともなバージョンをあげておく。 ![]()
「なぜ釣り素人のかなめが、いきなり専門的な魚の名前を推定するのか」という疑問がわくだ
ろうから「日本ではタイというのは大きな高級魚の代名詞のようなもの」というノートをつけてあ る。
このように、日本語ネイティブがチェックするか自分で訳せば、妙な誤解や推測による変てこ
な訳はほとんど無くなる。もちろん、日本語ネイティブということは英語はネイティブでないわけ だから訳文(英語)のほうは完璧でないかもしれないが、意味さえちゃんと訳してあれば表現が 多少変でも英語圏の編集者がフォローしてくれる。
あなただって、外国人が書いた多少たどたどしい日本語をみて「意味はよく分かりますが、こ
こはこういうふうに言ったほうが自然ですよ」とかわりと簡単に校正できるだろうし、あいまいな 点があれば「これはどういう意味ですか」「ああそういう意味ですか、それだったらふつうこーい うふうに言います」てな感じで自然な日本語になおせると思う。それと同じことだ。
では、どうして変な字幕が存在するのか。答は簡単。日本語圏ネイティブやそれに近い立場
で、ファンサブ・サークルに参加してる絶対人数が少ないからだ。
グループによっては翻訳原稿をろくに校正せず、それどころかそもそもまともな翻訳者がいな
いのに、てきとーに訳してどんどんリリースを進めるところもある。というか、そういうほうがふつ うなのだ。
最新作のアニメを、どのサークルがいちばん最初に訳すか、というような競争(スピードサブ)
が日常おこなわれてる。速ければ日本国内で初回放送されて48時間以内に英語字幕版がリリ ースされる。なかには速く訳してしかも訳もすばらしいという翻訳者もいるが、それは例外という べきで、単純に考えても、そんなスピードレースのような翻訳では、一般的には最高品質は望 めない。
ときどき、このサークルはアニメへの敬意と愛情をもって熱心なファンとして訳しているのだろ
うか、それとも、ファンサブが自己目的化して他のグループとの競争に勝って多くのダウンロー ダーを集めて、つかのまの虚栄を楽しみたいのだろうか、と疑わしく感じることもある。
Mayday Anime の評論 Death of Fansubbing は――すべてにおいて同意できるわけでも
ないが――ファンサブのかかえる問題を的確に分析している。
「これは私見だが」とエッセイは言う。「アニメのファンサブは死にゆくものだと思う。ここで死
ぬ、というのは、もうアメリカ国内では意味がなくなる、ということだ。活動自体は続くとしても、 以前のような意義は持たないだろうし、以前のような動機にもとづくものでもなくなるだろう。第 一の理由は、今後、新作アニメの多くがアメリカ国内でも販売される見通しだからである。した がって有志による字幕は必要なくなる。またここ数年、ファンサブもデジタルで以前より簡単に 行えるようになり、昔のような根性の入ったファンサバーは減って厨房なサークルが増えたこと もファンサブの死である。いまや Samurai Deeper Kyo をやっているグループは12もあり、 ばかげたスピード競争をしているが、品質はでたらめだ。あるグループなど翻訳者ゼロで12歳 の子どもがスクリプトを作っている。 Tokyo Underground のある場面では天井が落ちてきて 主人公が『たいへんだ、ここから逃げなくては』というようなことを言う場面で、かれらは『オー、 ノー、天井が落ちてきた』と訳し、訳がてきとーであることをごまかすために無意味に字幕を点 滅させている。」
天井が落ちてきたのは、べつに字幕にしなくても見ればだれでも分かることであって、たしか
にこれはナンセンスな話だ。
英語圏の翻訳者は、英語として自然な訳を書くのであたかも優秀なスクリプトを作成している
ように見られがちだが、Taikaの例からも分かるように「どうせオレ以外には日本語分かるやつ がいないし」という感じで、完全には理解できない部分を勝手な想像でおぎなって話を作ってし まう訳者も少なくない。
また実際、その人の周囲には、その人以上に日本語を分かる人がいないので(いれば、そ
れは違うと注意するに決まっている)、その誤訳は誰にも分からず、結局、そのグループは素 晴らしいリリースをしたという評価になってしまう。
日本語圏のアニメファンなら、例えば主人公が「えぐりこむようにして、練るべし、練るべし」と
とつぜん叫んだり、「ミネフジコ系」とか「営業スマイル養成ギプス」とか「エネルギー充填120%」 とか「貴様のコンピュータは化け物か」と言った場合に、まぁ、たぶん、モトネタを理解できる が、大学で日本語を勉強しただけの英語圏の訳者には、これらの音だけ聞いてセリフの背景 まで理解しろというほうが不可能に近いと思われる。
上の評論で次の部分は同意できる。
Even if fansubs are no longer necessary to bring attention to newer shows,
they could still have a role in bringing attention to older less known but good shows. For example, I would like to see fansubs of "Mikan Enikki" or "Tsuyoshi Shikkari Shinasai"or "watashi no ashinaga ojisan" they're all great animes, with wonderful heart warming stories, how many people here have heard of them?
日本語圏以外にも、「新作を追いかけるだけがファンでない」という当たり前の認識を持つ者
がいるのは何よりだ。ここにあるように、それは極めて少数派だとしても。
この記事を読んでいるかたのなかには、英語を読むだけならかなりすらすら読める、というか
たも多いと思う。英語がまったくダメなかたはファンサッブとは縁がないとしても、上で説明した ように、英語はかなりへたくそでもとりあえず読めれば良い。日本語を理解できることこそが最 重要なのである。
もちろんある程度は英文を書ける必要があるが、翻訳なんてのは辞書をひきながらのんびり
やっても良いことだ。英語のチャットとかは経験がなくても、そんなのは始めればきょうにでも 「経験者」になれることでまったく問題ない。
自分が好きなアニメの全部のセリフを翻訳するということは、必然的に、ひとことひとことのセ
リフを客観視し、その意味やニュアンスをとことん味わい、吟味(ぎんみ)検討することにもなる ので、ある意味、究極の楽しみ方とも言える。(英語で考え直してみることで、時には、そのア ニメの不自然さやアラが見えてしまってがっかりする可能性もあるかもしれないが……。)
アニメのファンとしての行為とは別に、英語の勉強にもなることは言うまでもない。
アニメのストーリーは本当にさまざまな局面を反映しているので、2つ3つシリーズをこなすだ
けでも、日常さまざまな局面での英語表現がイヤでも覚えられるであろう。
まあ中には日常絶対使わないような特殊な軍事用語だのなんだの覚えても役立たないような
代物もあるかもしれないが……。
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