思い上がった預言者


 あるところに思い上がった預言者がいた。自分に預言の能力があることを、鼻にかけていた
のだ。 

 いさめる人があって、言った。「あなたの預言の能力は確かに素晴らしいものですが、その力
も、言葉も、神様がお与えになったもの、神様から預けられたものに過ぎないはずです。その
ことでおごり高ぶった気持ちを持つのはやめ、もっと敬虔な態度で仕事をするべきですよ」 

 預言者は答えて言った。「仕事は楽しくやったほうがいい。しかめつらをしながら仕事をしろと
言うのか」 

 いさめる人は言った。「神の国からのメッセージを伝えるというのは、おごそかなことです。浮
かれ騒いでやることではありません」 

 預言者は答えた。「神の国からのメッセージは、素晴らしいのか、それとも退屈なのか。もし
退屈なら、しかめつらをしながら、いやいややるのも仕方あるまい。もし素晴らしいニュースな
ら、浮かれ騒いで、はしゃぎながら伝えるだろう。神の国から出ることが、素晴らしくないわけが
ない」 

 「それにしても」と、いさめる人は言った。「神の言葉にふさわしい、もっと品位と格調のある表
現をせめて使ってはいかがですか。あなたは神の権威を損ねています」 

 「神の権威を損ねているのはおまえだ」預言者は言った。「メッセージを人間の言葉に翻訳す
る仕事を、わたしは神からゆだねられている。おまえは神が選んだ翻訳者にけちをつけるの
か。神が人選を誤ったとでもいいたいのか」 

 いさめる人はなおも熱心に説得を続けた。「論点が違います。あなたの能力は神から授かっ
たものであり、神の国に属しているのです。そのことについて、神に感謝するのは良いでしょ
う。しかし、そのことについて、人間の世界で、人間に対して、人間の立場でおごり高ぶっては
いけないと言っているのです。それは公私混同のようなものではありませんか。例えばです。あ
る事柄の許可・不許可を決める権限のある役人が、職務上、王からその権限を与えられたか
らといって、そのことで人間として高ぶっていいのでしょうか。それは職務上の権限に過ぎず、
あなたに属する権能ではないのですよ。本来は王に属する権限が、あなたに委ねられている
だけです。書類に許可のサインをする仕事を与えられているからといって、それだけで威張り
散らす役人のようではありませんか」 

 預言者は答えた。「わたしは人間に対して威張り散らしてなどいない。ただ自分の仕事を誇り
に思っているだけだ。しかも、あなたは大切なことを見落としている。あなたから見ればもった
いぶって書類にサインをするだけの役人でも、役人には役人なりの苦労がある。もし許可して
はいけない書類にサインしたり、あるいは許可しなければならない書類にサインしなかったら、
王から厳しい罰を受けることになる。だからこそ」と預言者は言った。
 「書類にサインするかしないかについて、書類を提出する側の人間の指示を受けてはいけな
い。人間からわいろを受け取って、ゆえなくサインしてはいけないし、人間に喜ばれたいという
親切心でサインしてはいけない。そのことで、わたしは人間に嫌われるかもしれない。だが、人
間の側の情実で動いていては、職務をまっとうできないのだ」 

 いさめる人はため息をついた。「神から力を預けられた預言者に、言葉の議論で勝つのは無
理でしょう。議論ではあなたを説得できそうにない。ですが、わたしは自分自身の直感に照らし
て、誠実に、誓って善意から言いますが、あなたはおごり高ぶっているし、それは間違ってい
る。あなたの内心のおごりを神はお喜びにならないと、わたしは思います」 

 預言者は笑った。「神はわたしの内心など見ていない。わたしはただのデバイスだ」 

 「しかしそれでも」いさめる人は辛抱強く続けた。「そのデバイスが正しく働かなければ、神は
お喜びにならないのではありませんか」 

 預言者は言った。「わたしは神を喜ばせるために働いているのではない」 

 いさめる人は驚いた。「神の預言者でありながら、神のためには働かないと言うのですか?」 

 預言者は答えた。「メッセージを伝えるとき、人の顔色をうかがったり、神の顔色をうかがった
りしてはいけない、ということだ。うかがっても無駄だからだ。神は人間の言葉をご存じないか
ら、翻訳者を置く。この翻訳で正しいかどうかと、いちいち神に確認しても意味がない。神は人
間の言葉を知らないのだから、良い翻訳か悪い翻訳か、判断できないからだ。わたしが神に
確認できるのは入力の内容であって、出力の形式ではない」 

 いさめる人は尋ねた。「それでは誰があなたの責任を問うのですか。あなたが誤訳をしても、
あなたが偽りの預言をしても、神にも人間にも分からないのだとしたら」 

 預言者は言った。「水が斜面を流れるようなものだ。水は確かに流れるが、わたしはでこぼこ
のある斜面だから、水をせき止めてしまうこともあるだろう。ときにそういうことが起きるは仕方
のないことだし、斜面を流れる途中で他の水や泥が混入することもあるだろう。それでも、高い
ところに水があれば、おりにふれて水が流れる……」 

 預言者の口調はしだいにあやふやになってきた。いさめる人がそれについて問いただすと、
預言者は言った。
 「作文が苦手なので、このへんで勘弁してください」 

 弁舌のたつ人だと思っていた相手が突然そんなことを言うので、いさめる人は虚を突かれ
た。 

 預言者は頭をかいた。「仕事中は偉そうに座ってるけれど、まあ…あの…その…」 

 預言者は口べたな人間だった。 


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